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大阪高等裁判所 平成11年(う)836号 判決 1999年12月15日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役五年一〇月に処する。

原審における未決勾留日数中二四〇日を右刑に算入する。

押収してある覚せい剤三袋(当庁平成一一年押第一四六号の3、4及び6)、同覚せい剤一包(同押号の5)及び同大麻草三袋(同押号の7ないし9)を没収する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人髙木甫作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官福本孝行作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一  訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、「警察官が職務質問を行おうとした現場はホテルの駐車場であり、その状況等からは、捜査用車両(いわゆる覆面パトカー)三台で被告人運転の普通乗用自動車(以下「被告人車」という。)を取り囲んで進路を塞ぐ必要性、必然性はなかったというべきである。また、捜査用車両で進路を塞ぐにしても、速やかに、かつ最も安全な方法で取り囲み、物理的に退路のないこと及び警察車両であることを職務質問の相手方に認識させるべきであるが、本件ではそのような配慮もなされていない。このように、警察官は、職務質問を行うに際し必要性もないのに被告人車の進路を塞ぐという挑発的で危険な方法をとったばかりでなく、その身分を速やかに知らしめなかったため、被告人は、暴力団による追い込みであると誤信し、危険から逃れようと必死になり、取り囲んだ捜査用車両のうちの一台に自車を衝突させて損壊させることとなったものである。したがって、本件職務質問は適法とは言い難く、原判示第四の器物損壊は、警察官の不適法な職務執行に基づく急迫不正の侵害に対し自らの身を守るためにやむなく行われたものであって、正当防衛として違法性が阻却されるべきであるから、右器物損壊による現行犯逮捕手続には重大な違法がある。したがって、右逮捕に伴い実施された現場での捜索もまた違法であり、その結果発見押収された本件けん銃及び実包等、更には、右逮捕後の取調べの過程において採取された尿は、いずれも違法収集証拠として証拠能力が否定されるべきであるから、これらを原判示第三(覚せい剤の自己使用)及び第五(けん銃の加重所持)の各事実の事実認定に供した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。」というのである。

しかしながら、この点について、原判決が(事実認定の補足説明)の項で説示するところは正当として是認できる。以下、所論に即し若干付言する。

まず、記録によれば、被告人が器物損壊により現行犯逮捕されるに至った経過は、原判決が詳細に認定するとおりである。これを要約したうえ、若干事実を補足して摘示すると次のとおりである。

1  奈良警察署刑事二課所属の岡田俊則(以下「岡田」ともいう。)ほか一名の警察官は、平成一〇年七月一〇日午前一〇時三五分ころ、奈良県警察本部刑事部機動捜査隊の応援派遣要請を受け、ホテル「マリーヴァレリー」一階駐車場に駐車しているナンバープレートの登録番号と車両の車種が一致しない不審車両(被告人車)の関係者に職務質問を行うため同課の捜査用車両(以下「二課車両」という。)で同ホテルに直行し、先着の右機動捜査隊の車両(以下「機動捜査隊車両」という。)と、後から応援に来た同署刑事一課の捜査用車両(以下「一課車両」という。)とともに、同ホテルの了解を得て右駐車場内で張り込み、運転者等が現れるのを待って職務質問を行うこととなった。被告人車については、照会の結果、盗難車の可能性があったほか、ナンバープレートが付け替えられており、道路運送車両法違反の疑いがあり、更に、その後の見分によりナンバープレートが変造されたものであることも判明した。

2  職務質問の手順としては、相手が「自分の車ではない」と言い逃れをするのを防ぐため、運転者らが被告人車に乗り込んだ段階で職務質問を行うこととし、その際、同駐車場が国道二四号線に面しており、他に駐車車両もあったことなどから、逃走及び事故防止の観点から捜査用車両で被告人車の周囲を取り囲むこととした。

3  同日午後三時一〇分ころ、被告人と連れのAがホテル出入口から出てきて、被告人車に乗車したことから、各捜査車両は一斉に待機場所から被告人車に近づき、前方(南)にやや進み出ていた同車を西側から機動捜査隊車両が、東側から一課車両が被告人車の左右をはさむ形で停止し、これに伴い、被告人車も停止した。一方、二課車両は一課車両に続いてその後方で一旦停止した後、駐車場南側の壁と一課車両との間に車一台が通行可能なスペースがあるのに気づき、更に前進してこれを塞ぐ位置で停止した。この時点でも、被告人車はなお停止した状態にあり、二課車両との間には五、六メートルの距離があった。そして、機動捜査隊車両と一課車両に分乗していた警察官四名は車から降りて被告人車に近づきながら、「警察や。」と声をかけ、その声は当時窓を閉め切った二課車両内にいた岡田警察官においても聞き取ることができた。その直後、被告人は自車を急発進させて二課車両に衝突させ、更に、その場で前進と後退を繰り返し、数回二課車両に衝突させた。この間、警察官らは、被告人車を警棒等で叩き、「警察や。車止めろ。」などと繰り返し叫び、被告人車を停車させようとした。その後、被告人車はホテルの壁にぶつかり動かなくなり、被告人は警察官の説得を受けて降車し、器物損壊の現行犯で逮捕され、逮捕に伴う現場での捜索等により被告人車内から本件けん銃等が発見されるに至った。

以上のとおりである。

所論は、被告人は、左右から車両が近づいてくるのを見て逃走しようとしたところ、進路前方に二課車両が突然現れて急停止したため避けきれずに同車と衝突したのであって、その間に一旦停止したことやその際警察官から身分の告知も受けたことはなく、これに反する原審証人の岡田俊則警察官の供述は信用できない、と主張する。

しかしながら、岡田の原審供述は具体的で迫真性に富み、現場の状況に照らし不合理な点はなく、事の推移としても自然であり、反対尋問に対しても揺らぐことなく一貫しており、それ自体信用性が高いといえるうえ、左右から車両ではさまれた際に被告人車が一旦停止したことについては、被告人車の助手席に同乗していたAの捜査段階における供述(Aの検察官調書)がこれを明確に裏付けているのであって、岡田の原審供述の信用性は十分である。これに対し、被告人は、所論に沿う弁解をするが、被告人車を使用するに至った経緯、時期、警察官の行為を暴力団による追い込みと考えたとする根拠等について、捜査・公判を通じて変遷がみられ、その変遷の理由について首肯し得る説明がなされていないなど不自然、不合理な点を多く含んでおり、その弁解内容は岡田の原審供述と対比し到底信用できるものではない。

そこで、以上の事実を前提にして、警察官の職務執行の適法性について検討する。まず、被告人車について、ナンバープレートの登録番号と車種とが合致せず、盗難車である可能性のほか、道路運送車両法違反の疑いがあり、更に、ナンバープレートの変造の疑いも生じていたのであるから、被告人車の運転者らに対する職務質問の必要性を肯定することができ、また、運転者特定のため被告人が運転席に乗り込むのを待って職務質問を開始しようとしたのも相当な措置であったといえる。そして、右の措置をとった場合、運転者が職務質問のための停止に応じることなく、これを振り切って車両を発進させることは嫌疑の内容及び現場の状況等に照らし十分に想定されたところであり、職務質問の実施を確実なものとする一方、逃走に伴う事故を防止し、道路運送車両法違反の状態にある被告人車が運行に供される事態を回避する交通行政警察上の必要も存したのであるから、本件において、職務質問を行うための停止の措置として捜査用車両で被告人車の進路を塞ぐ措置を講じることは許容されるというべきであり、現にとられた方法も相当である。また、前示のとおり、警察官は、職務質問を行うに当たり停止した被告人車の運転席にいた被告人に向かって警察であることを告知し、その声を当時窓を閉め切っていた二課車両内にいた岡田警察官が聞いていること、被告人は平成八年二月に道路交通法違反罪により現行犯逮捕され、その際、原判示第一及び第二の各犯行が発覚したが、その後、入院先の警察病院から逃走して逃亡生活を送っていたことなどの事情からすれば、被告人の弁解にもかかわらず、警察官が被告人車に近づいて声をかけた時点で被告人は警察官による職務執行であることを認識したものと推認することができる。そうすると、警察官の職務行為には所論がいうような違法はなく、現行犯逮捕及びそれに引き続く捜索差押手続、更には、身柄拘束後の採尿手続に違法な点はない。

その他、所論が種々主張するところも、いずれも記録に照らし採用できない。論旨は理由がない。

第二  事実誤認の主張について

論旨は、「被告人は、捜査一課の車両とホテル南側の壁面との間のスペースを抜けて駐車場東側出口から逃走しようと試みた際、二課車両が突然進路前方に飛び出してきて停止したため、避けきれずに衝突したのであって、器物損壊の故意はなかった。その後、被告人車を取り囲んだ車両から降りた男達(警察官)が鉄パイプ様の物を持って、被告人車の窓ガラスを叩き割るような行為に及んできたため、身体の危険を感じ被害車両(二課車両)に四、五回自車を衝突させたが、警察官の職務執行は前示のとおり違法であり、被告人の行為は急迫不正の侵害に対する防衛行為として行われたものであるから、正当防衛として違法性が阻却されるべきである。したがって、原判示第四の器物損壊の事実について正当防衛の成立を否定し、被告人を有罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある。」というのである。

しかしながら、前示のとおり警察官の行為には違法な点はなく、すなわち、急迫不正の侵害はなく、被告人は警察官の職務執行であることを認識しながら被告人車の進路を塞いでいた二課車両に向けて自車を急発進させて故意に衝突させたばかりか、その後も衝突行為を繰り返したものであるから、正当防衛等が成立する余地はない。論旨は理由がない。

第三  量刑不当の主張について

論旨は、被告人を懲役六年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると、本件は、被告人が捜査用車両に自己の運転車両を衝突させてフロントバンパー等を器物損壊し(原判示第四の事実)、被告人車内に自動装てん式けん銃一丁を適合実包六発と共に保管して所持し(同第五の事実)たほか、覚せい剤約5.157グラム及び大麻草約7.226グラムを所持し(同第二の事実)、二回にわたり覚せい剤を自己使用した(同第一及び第三の各事実)という事案であるところ、原判決がその(量刑の理由)の項で説示する内容は正当として是認できる。

すなわち、本件各犯行の罪質、動機、態様、ことに、被告人は、平成八年二月に別件の道路交通法違反罪により現行犯逮捕され原判示第一及び第二の各犯行が発覚したところ、入院先の警察病院から逃走し、今回再び検挙されるまでの間、ホテル等を転々としたあげくに、原判示第三ないし第五の各犯行に至ったものであって、その一連の経過、動機に酌むべき点がないこと、とりわけ、けん銃所持の点は、殺傷能力の高い真正けん銃を適合実包とともに所持していたものであって、その危険性に鑑み、強い社会的非難に値すること、薬物事犯の点は、累犯前科を含め同種前科が二犯あるところ、所持した覚せい剤及び大麻の量が多いうえ、覚せい剤の使用状況等に照らしその親和性、依存性も顕著と認められること、器物損壊の点も、危険かつ悪質な行為であり、被害も九一万円余と多額であること、被告人には右二犯の前科を含めて懲役刑に処せられた前科が四犯あることなどからすると、その罪責は重い。

そうすると、一部の事実については素直に認めるなどして反省の態度が窺われること、年老いた母親がいることなど所論が指摘する被告人のために酌むべき事情を十分に斟酌してみても、原判決の量刑は、その宣告時においてみる限り重過ぎて不当であるとはいえない。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によると、被告人は、原判決後、本件器物損壊の被害弁償として奈良県に対し計九一万円余を支払ったことが認められ、これに前示の被告人に有利な諸情状を併せて考えると、現時点において、原判決の量刑は重きに過ぎるものとなったというべきである。

そこで、刑訴法三九七条二項により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条ただし書を適用して直ちに自判することとし、原判決が認定した罪となるべき事実に原判決挙示の法令を適用し(刑種の選択、観念的競合、累犯加重及び併合罪の各処理を含む。)、その刑期の範囲内で被告人を懲役五年一〇月に処し、刑法二一条により原審における未決勾留日数中二四〇日を右刑に算入し、押収してある覚せい剤三袋(当庁平成一一年押第一四六号の3、4及び6)、同覚せい剤一包(同押号の5)については、覚せい剤取締法四一条の八第一項本文により、また、押収してある大麻草三袋(同押号の7ないし9)については、大麻取締法二四条の五第一項本文により没収し、原審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文により被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・森眞樹、裁判官・伊東武是、裁判官・多和田隆史)

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